大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和41年(行コ)44号 判決 1968年7月18日

控訴人(原告) 川崎明 外一〇五名

被控訴人(被告) 東京都豊島区長・東京都知事

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら代理人は、

「(一) 原判決を取り消す。

(二) 被控訴人豊島区長は、控訴人らに対し、豊島区議会が昭和四〇年九月二四日に可決した『町名の新設について』と題する豊島区住居表示第二次計画のA二地区(原判決添付図面(一)参照)の名称を西池袋二丁目とする議決に対し、昭和四〇年一〇月一五日になした決定を取り消し、右議決を議会の再議に付し、右決定に基づき同日東京都知事になした届出を取り消す。

(三) 被控訴人東京都知事は、昭和四〇年一一月一日に前記図面(一)に表示の西池袋二丁目についてなした町区域の新設に関する告示を取り消す。

(四) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」

との判決を求め、被控訴人ら代理人は主文第一項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上及び法律上の主張並びに証拠の提出及び認否は、左記一、及び二、のとおり付加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する(ただし原判決二枚目―記録九丁―裏三行目に「池袋三丁目」とあるのを「池袋二、三丁目」と訂正する)。

一、控訴人ら代理人は、原審における主張を補足して次のように述べた。

(一)  本件請求の訴訟物は地方自治法の定める住民自治権である。

控訴人らは住民自治権という公権に基づいて、豊島区の行政を自ら行なうことのできる具体的権利を有している。住民は一般にはその住民自治権を直接に行使することが少なく、執行機関である区長及び知事を選任してこれに行政事務の執行を委任しているが、右執行機関がその事務の執行を誤り、住民自治権を違法に侵害したときには、住民はその自治権に基づき民衆訴訟ないし抗告訴訟によつてその救済を求めることができる。

(1)  町名は、その地域の住民がこれを決定する権利を有する。本件A二地区の町名を「西池袋二丁目」とする被控訴人区長の原案に対しては、同地区住民の多数が反対したにかかわらず、同被控訴人は右原案を唯一の案として住居表示審議会を通過させせ、区議会の議決を経てこれを決定したものであつて、その処分が住民自治の原則に違反し、控訴人ら同地区住民の自治権を侵害する違法なものであることは、明らかである。

(2)  本件訴訟は、単なる抗告訴訟ではなく、行政事件訴訟法における民衆訴訟及び抗告訴訟の混合したものであつて、その核心は区長に対し違法行為の是正を求めるにあり、その点において民衆訴訟の規定の準用を受けるものである。

まず、地方自治法二四二条の二の納税者訴訟は違法又は不当な公金の支出等の地方財政の運営に関するものであるところ、本件請求は区長の一般的行政権の行使に関するものである点において一般性を有する。そして、右納税者訴訟は住民自治権のうちの一部の権利にすぎないものであるが、本件請求は住民の二分の一以上の多数の意思実現を要件としている点において、住民自治権という基本的住民権を要件としているのである。従つて、同法二四二条の二の一項二号、三号の規定は「もちろん解釈」として本件請求に準用される。

次に、本件告示は、それにより住民の住居表示が強制的に変更せしめられる点において、公権力の行使に当るものであるから、抗告訴訟の規定の準用を受け、抗告訴訟のうちの「無効等確認の訴」に該当する。

更に、住民と区長とは地方公共団体の構成員と執行機関との関係にあるものであるから、本件請求については、直接請求の規定、特に条例の制定改廃の請求及び監査の請求の規定(地方自治法七四条、七五条)が準用される。

被控訴人らは、民衆訴訟は法の定める場合にのみ許されるところ、本件訴訟についてはなんらの規定もないというが、地方自治法は住民が基本たる住民権に基づき当然に本件のような訴訟を提起しうることを規定している(同法一条、二条一四項・一五項、一七六条、二二九条六項、二三一条の三の九項、二五五条の三、二五六条、二五八条)。行政事件訴訟法五条の民衆訴訟の規定は、主として地方自治行政に関して利用される訴訟形式であつて、「この法律において民衆訴訟とは、国又は公共団体の機関の法規に適合しない行為の是正を求める訴訟で、選挙人たる資格その他自己の法律上の利益にかかわらない資格で提起するものをいう。」と特に定めているのであるから、本件請求につき民衆訴訟の定めがないというのは全くの誤解である。

(3)  地方自治行政については、憲法により住民自治権、団体自治権の原則が設定されている。住民自治権とは住民が地域の行政を自ら行なう権利であり、団体自治権とは地方公共団体が国及び他の地方公共団体から独立して行政を行なう権利である。旧憲法時代における地方行政はいわゆる官治行政であつて、知事は内務大臣の監督の下に、市町村長は知事の監督の下に行政を行なつていたから、違法行政については上級官庁である知事、主務大臣、内閣の監督を求めることができたが、新憲法においては右の監督関係が撤廃され、これに代わるものとして、国民は違法行政につき訴訟を提起し、裁判所にその是正を求めることができることとなつたのである。

(4)  住民は地方公共団体の構成員であり、長及び議会はその機関である。住民は長及び議会の議員を選任してこれに行政権の行使を委任しているが、右機関の違法行政に対しては、通常、直接請求権を行使してその是正をはかることができ、直接請求権についての処分に不服があるときは民衆訴訟によつてその実現をはかることができる。

(5)  本件請求は民主的自治行政違反、すなわち住民多数の意思をふみにじつた違法行政の是正を求めるものであるから、これに関する民衆訴訟は、住民多数の意思がすでに表明されている場合とか、住民多数が原告となつて提起した場合でないと、勝訴の見込みがない。従つて、それを提起することは非常に困難であり、事件内容も非常に重大な行政に関するものである。住居表示は国家百年の大計のために行なわれるものであつて、これを軽視するのは誤りである。

(6)  被控訴人らは、控訴人らの自治権の侵害は抽象的権利の侵害であるから訴訟上の救済を受けることはできないというが、これは誤りである。控訴人らの自治権は「目白」という町名の決定という具体的権利として行使され、右具体的権利が侵害されたのである。本件訴は、民衆訴訟に属するが、右の具体的権利が侵害されたためにその救済を求めているものである。

(7)  行政訴訟は個人の私権についてその侵害があつた場合にのみ提起しうるという見解は誤りであつて、住民は自治権という公権が侵害された場合にも出訴できるものである。

(8)  国の行政は憲法に基づき国民から独立して行なわれるものであつて、国民はわずかに参政権を有するのみであるが、その参政権に基づいて選挙訴訟ないし民衆訴訟を提起することができる。住民が自治権に基づいて、民主的住民自治の原則に反した違法な区長の処分に対し、その取消を求める民衆訴訟を提起できるのは当然のことである。

(二)  被控訴人らの主張に対する反論

(1)  被控訴人らは、本件控訴の趣旨第二項の三つの請求及び第三項の告示取消の請求がそれぞれ独立した処分に対する請求のように解しているが、右は誤りである。これは地方自治法二六〇条及び住居表示法に基づく町名変更処分の取消に関する一つの請求である。町名変更処分は、住民の理解と協力、区議会の議決、区長の決定、区長の届出、知事の届出の受理、知事の告示という手続要件を充足したときに、はじめて一つの行政処分として効力を発生するものであるが、そのように権限が分散されているため各機関の処分についてその取消を求める必要があるのである。

(2)  被控訴人らは、本件区長の決定は内部的意思の決定であるから独立して抗告訴訟の対象とはならないというが、町名変更は区長の決定によつて成立するものであるから、右決定は当然に取消の対象となる。また、被控訴人らは、町名変更に関し都知事が区長の上級行政庁であると解しているが、町名変更は地方自治行政に属する事項であるから、知事は区長の上級行政庁ではない。従つて、町名変更の届出は、法の規定に基づき権限の異なる行政庁に対してなされる届出であつて、準法律行為的行政処分として取消の対象となる。

(3)  被控訴人らは、本件議決を「議会の再議に付せ」との請求は、行政庁に対し作為を求めるものであるから、法律の規定がない以上許されないというが、これは誤りである。右請求は給付請求ではなく、住民自治権に基づく、住民の代表機関に対する民衆訴訟としての職務執行請求である。区長は「議決がその権限を超え、又は法令に違反すると認めるときは、理由を示してこれを再議に付さなければならない」(地方自治法一七六条四項)のであるから、控訴人らは区長に対し民衆訴訟として右請求をすることができる。民衆訴訟は法規に適合しない行為の是正を求める訴訟であるから、行為の取消のみならず、積極的に作為を求めることもできるのである。また、国民が行政官庁に対し給付請求をなすことはできないとの判例は、行政事件訴訟法の不作為の違法確認の訴及び民衆訴訟の規定によつて変更されたものである。前記の職務執行請求は給付の訴ではなく、違法確認の訴と観念すべきものである。

(4)  被控訴人らは、知事の本件告示は町区域の新設について効力を生ぜしめるもので、一般的通知の性質を有するにすぎないから、取消の対象とならないというが、これは誤りである。知事は区長とは対等の自治団体の機関の地位にあるものであつて、地方自治法二六〇条所定の権限に基づき独立して区長の届出を受理し、控訴人らのため本件告示をするのであるから、本件告示が独立して取消の対象となることは当然である。なお、知事が町名変更について告示する事務は、自治行政事務ではなく、知事の権限に属する国の行政事務である。

仮に区長に対する取消請求のみが認められるとすると、区長がその取消判決に従い届出の取消をしない限り、知事は告示取消の処分をすることができないから、控訴人らは知事に対し告示取消の請求をなす必要性と利益が十分にあるのである。

そして、認可のように効力発生要件にすぎない行政処分についてもその取消請求が独立に認められているのであるから、町名変更の効力発生要件である本件告示の取消の訴が民衆訴訟として認められるのは当然のことである。

(三)  不服申立の前置について

地方自治法二五六条は、地方公共団体の事務に係る処分の取消の訴について、不服申立の前置を定めるが、本件事件については区長又は都知事以外の行政庁に不服申立をすることができる旨の定めがないから、不服申立の前置は必要がない。また、本件行政処分は区議会の議決を経た処分であるから、この点からも行政不服の申立はすることができない。

(四)  控訴人らは住民として本件地区の町名を「目白」とする権利(公権)を有し、本件行政処分により右の権利を侵害されたのであつて、単に意思ないし感情を侵害されたに止まるものではない。

のみならず、控訴人らは本件町名変更により次のような失費を余儀なくされ、個人の具体的権利(財産権)を侵害された。すなわち、郵便による町名変更の通知、住所のゴム印の新調、表札・看板の書き替え、各種免許証・許可証の書き替え、各官公署に対する町名変更の届出等の各費用の支出、それらの各作業をするため、得べかりし賃金又は報酬を失つたことによる損害、手持ちの名刺や封筒が無駄になつたことによる損害がそれであつて、それらの合計は控訴人ら各人につき平均一、〇〇〇円を超える。

もつとも、控訴人らは住居表示の実施そのものについては反対していないのであるから、被控訴人らの処分が適法かつ正当なものであれば、前記のような失費ないし損害はこれを受忍するものであるが、本件のような控訴人らの住民権を侵害する違法かつ不当な行政処分による失費及び損害はこれを受忍することができない。

二、証拠<省略>

理由

一、当裁判所は、控訴人らの本件訴はいずれも不適法として却下すべきものと考える。その理由は、後記二、ないし六、のように補足し又は附加するほか、原判決の理由中に説示するところと同じであるから、その記載を引用する。

二、原判決七枚目―記録一四丁―裏二行目中「被告豊島区長が、」の下に「住居表示に関する法律による住居表示の制度を実施するための前提として、」を加え、同六行目中「池袋三丁目など」とあるのを「池袋二丁目、三丁目」と改め、原判決八枚目―記録一五丁―裏三行目(同ページ一四行目)中「不動産登記法施行規則三八条」とあるのを「不動産登記法施行細則七一条」と改める。

三、控訴人らは、町名(市町村又は特別区の区域内の町の名称)はその町の地区内の住民がこれを決定する権利を有するものであつて、本件A二地区の町名を「西池袋二丁目」とする被控訴人豊島区長の決定により控訴人らは右権利を侵害されたと主張する。

しかしながら、町の地区内の住民がその町名を決定する権利を有するとの点は、現行法上根拠がないから、控訴人らが本件決定によりその権利を侵害されたとの右主張は前提を缺くものといわなければならない。地方公共団体の行政がその住民の意思に基づいて行われるべきであるとの住民自治の原則はもとより尊重されなければならないが、そのことは住民がつねに右行政に直接参加しうべきことを意味するものではない。地方自治法は、地方行政への住民の直接参加を一般的に認めているものではなく、そのような直接参加の権利は、同法や他の若干の法律において、条例の制定改廃等特定の事項について認められているにすぎず、その権利の行使の要件、方法、効果等もそれらの法律の定めるところによるのであつて(地方自治法一二条、一三条、七四条ないし八八条、二四二条等)、町名決定の問題について住民に控訴人ら主張のような権利を認めた法規は存在しない。

四、控訴人らは、また、本件町名変更により各種の失費を余儀なくされ、個人の財産権を侵害されたと主張する。

控訴人らが本件町名変更に伴いその主張のような各種の失費を余儀なくされたことは―個人によつてその程度に相当の差異があるにせよ―容易に推測されるところである。しかしながら、本件町名変更は住居表示に関する法律による新しい住居表示制度を実施するための前提としてなされたものであり、右制度が実施される場合その地域の住民にそのような失費を強いることとなるのは避けられないところである。従つて、控訴人らがその主張のような失費を余儀なくされたのは、その居住する地域に新住居表示制度が実施されることとなつたことによるものであつて(控訴人らは右制度の実施自体に反対しているわけではない)、本件A二地区の町名が―控訴人らの主張するところによれば「目白何丁目」を希望する控訴人ら同地区住民多数の意思を無視して違法に―「西池袋二丁目」と定められたことによるものではない。よつて、控訴人ら主張の失費の事実は、本件請求につき控訴人らが訴の利益を有することの根拠とはなし難い。

五、ところで控訴人らは地方公共団体の住民がその自治権に基づいて、民主的住民自治の原則に反したその機関の違法処分の是正を求めるため民衆訴訟を提起しうることは当然であると主張する。

地方公共団体の機関の違法行為の是正を求めるため、選挙人たる資格その他自己の法律上の利益にかかわらない資格で訴訟を提起しうる場合のあることはもちろんであつて、行政事件訴訟法はこれを民衆訴訟と呼んでいるが(同法五条)、同法は地方公共団体の住民がその住民たる資格に基づいて一般的にそのような訴訟を提起しうることを定めたものではない。民衆訴訟は、法律に定める場合において、法律に定める者に限り提起することができるのであつて、そのことは同法四二条に明らかにされているところである。そして、本件のような町名変更の処分について、住民が民衆訴訟を提起しうることを定めた法規は存在しない。控訴人らは、地方自治法は住民が基本たる住民権に基づき当然に本件のような訴訟を提起しうることを規定していると主張し、同法一条その他の規定を引用するが、それらはいずれも右主張に沿う規定であるとは解し難い。

六、以上二、ないし五、並びに前記引用にかかる原判決の説示する理由により、控訴人らの本件訴は、抗告訴訟としても訴の利益を欠くものであつて不適法であり、民衆訴訟としてもこれを提起しうることを定めた法規がないので不適法というほかない。

七、よつて、控訴人らの本件訴をいずれも不適法として却下した原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条によりこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三淵乾太郎 伊藤顕信 村岡二郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例